めぐる時間

私が私を楽しむ時間

私のプロフィール

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1年以上もぽつぽつとブログを書いていたのにプロフィール的なの、な…い…

と気づいて書いてみました。

以下私の闇のプロフィールです。

 

生まれ(幼少期~小学校時代)

北海道釧路市の隣の小さな町の生まれ。
おしとやかで可愛かった幼稚園時代を経て、小学校に入学後変貌。
この頃の自分のイメージは、暴れん坊と引っ込み思案。

 

家族の死(小学校時代)

母親が膵臓がんを発病、入院。
何が起こっているのか知らされないままほとんどの時間を祖父母の家で過ごす。
その年の冬に母、他界。

家で過ごした最期の冬、横になっている母の隣でファミコンをしたのが最後の思い出になった。

 

不登校時代~中学卒業

母の死から、心の置き場を見失い、人とうまくコミュニケーションが取れなくなる。
かわいそう、と思われることを極端に嫌った。
友達とわいわいすることもなくなり、心の内を話せる友達もいなかったため不登校気味になる。

なぜ自分は学校に行けないのかわからないし、父親にも理解できなかったためそのまま放置。時々行ったり休んだりを繰り返した。

父は私が学校に行かないとひどく責めて怒った。

わからないことだらけの自分の感情が手におえずまだ、心が幼かったため死にたいという言葉も思いつかなかった。

中学2年頃父が再婚、新しい家族が出来る。

再婚した母親は若く、連れ子が二人おり、いきなり妹が二人出来て家がにぎやかになった。

その後妹が生まれ家族はどーんと8人になった。

でも子供同士仲良くしているつもりが大人が茶々を入れ、私と弟が妹たちをいじめている、と責められることもあった。

再婚から何となく感じていた親戚同士のぎくしゃくした触れてはならない何かを段々と感じ始めあっちにもこっちにも気を遣った結果無口になっていった。
中学3年に上がってからはむしろ家に居たくないためか学校に入り浸る。

 

高校時代

今までの狭い世界から少しだけ大きな世界に出て交友関係が広がる。
バイトをして社会というものをちょっとだけ学ぶがストレスフルで休みも少なく辛かった。
3年になってから違うバイト先で今も仲の良い親友ができる。

家にお金さえ入れれば多少帰りが遅くなってもうるさく言われることもないし、突然友達の家に泊まりに行っても何を言われるでもない。

帰ったところで親たちはしょっちゅう友達を呼んでは酔っぱらってどんちゃん騒ぎをしている。

私の稼いだ金で酒飲んでるくせに進路のことあれこれ言うなよ、家族でもないだろ。
進学はせずにそのまま卒業。

 

高校卒業後

仕事の数が少ないド田舎でなんとか仕事を見つけようと四苦八苦。
親戚の家に居候して働き始めるが職を失い実家に戻る。

実家に戻ると父は離婚しており再婚した母や妹たちがいなくなっていた。

(私は妹の母や妹たちと今でも仲が良い)
仕事に就いても上手くいかず職を転々とする。

父は仕事柄地元にいないことが多く、大きな家でほぼ一人で過ごすことが多くなり、寂しさを埋めるように男性に依存し始めるようになる。
「人とうまく関わることができない」

心のバランスが取れなくなり次第に引きこもるようになる(ネットも携帯も無し)

毎日死ぬことばかり考えていた。
23歳のとき、母が亡くなってからずっと一緒に暮らしていた父方の祖母が亡くなった。

 

ひきこもり時代~結婚

時々アルバイトをするもほぼ無職。
男性依存が続いたまま、夜はどこか車で出かけ駐車場で携帯をいじりながらぼんやり過ごす日々が続いた。
誰かから連絡が来て誘われればそのまま出かけていき、何もない時はとあるサイトのチャット内に入り浸っていた。
そこで仲の良かったグループ内に現在の夫がいた。
まわりのメンバーの助けもあり、付き合いに発展、すぐに引っ越し同棲を始めたが仲の良かったメンバーたちは次第に空中分解し、連絡を取ることもなくなってしまった。
その後結婚。

 

夫が交通事故に遭う

結婚後、コンビニでアルバイトをしながらのんきに暮らしていたが、ある日突然、夫が交通事故に遭った。
生活が何もかも変わり精神不安定に陥って食事もままならない夫を支えるために仕事を辞めた。

夫は元々うつ病を患っていた。しばらく調子が良く穏やかな時が続いていた矢先の出来事だった。

時々急に泣き出したり、ぶつぶつ独り言を言ったり、激しく怒りの感情を出したりと見たこともない人に変わっていった様に思った。

薬で寝ている時だけは私も夫も安らいでいた。

私自身にも大きな変化があった。
義父ともめたり、破壊衝動に駆られたり、変わってしまった夫に翻弄されながら私もどんどん精神不安定に陥っていく。

眠れない、外で食事が出来ない、外出自体が困難、家でゆっくりしているのに突然胸が苦しくなる、など自分一人では対応しきれない症状が増えていった。
私も心療内科に通院するようになる。

 

現在の私

交通事故の関係で夫が社会保険労務士さんに出会い環境が激変した。

夫も私も当初通っていた病院を転院し、私は認知行動療法の先生に一年ほどカウンセリングを受けた。

今まで病気の名前もぼんやりしていたが、双極性障害と診断されパニック障害の症状もあることがわかった。

病気を完全に治すという無理難題ではなく、病気とどう向き合うのか、調子が悪い時はどう軌道修正するのか、という方向に意識を持っていくことが出来た。

今は障害年金も受給することができ、家事を手伝ってくれるヘルパーさんや色んな方の支援の元に生活できている。

 

最後に(何故ブログを始めたのか)

夫が交通事故に遭うまでは、オタクな趣味はあれどとってもインドア派でした。

自分もはっきりと病気なんだ、と認識してからは「調子のいいときにはなるべく外に出てね」と先生に言われたこともあり、色んな趣味を見つけては外へ出かけるようになりました。(パニックは軽度だったため薬を飲めば治まったのが助かった)

もともと私はつらいことがあると趣味に没入する癖があり、楽しいことをみつけるのには困りませんでした。

このブログを始めたのはとってもマイナーな私の趣味(郵便やスタンプや寺社めぐり)の単なる記録からでした。

今でも見る人にとっては単なる記録でしょう。

でも私と同じ趣味を始めようとする人が私の記事を見ながら見様見真似で始めていったとしたらとても素敵じゃないですか?

私はそんな化石のような記事をいつか誰かが掘り起こしてくれることを願って日々書き綴っています。

 

広がれ趣味の輪!

 

おしまい。